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電気の瀧が薬物で逮捕というニュースを受け最初の感想は「え、卓球じゃないんだ?」でした
これも本当卓球さんには失礼で申し訳ないのですが、それが素直な感想でした
電気に関しては私は実質としてフラッシュパパメンソールくらいで止まってるのでファンとは言い難いのですが、好きなミュージシャンではあったので残念としか言いようがない
好きではあったけれど、ライブに行くこともなく曲も昨今は聴いていなかったため、このニュースに関してはここまでで私の感想は終わる。 結局のところ思い入れが少ないと言うことであろう
天然さんに至っては、電気と電撃ネットワークを混同しているというあたり、結局のところこういうニュースは自分との距離感で捉え方が大きく変わるということだ
だから自分との距離が近い人ほど検討違いのことを言いだす
このニュースでいろいろ見てた際にまず「出演作品に罪はないのだから、回収・自粛・放映停止などはやめてほしい」という声を山ほど見ました
気持ちはとてもわかります。 私もCCBのメンバーが薬物で逮捕された際に同様に思いました
しかし今回私はCCBの時と違い電気にそこまで距離が近くなかったので俯瞰で見ると、この考えは間違ってると思いました
瀧が電気以外に役者として活動してるのは知ってはいましたけれど、まぁ昨今の私は映像作品をほとんど見なくなってるので知りませんでしたが、結構評価も高かったようです
俯瞰で見ると、例え出演作品がどんなに素晴らしかろうと見る必要はないだろ、ってのが素直な感想です
どういう意味かというと、薬物逮捕の容疑者が薬物のおかげで名演・怪演を見せてたかもしれないとするならば、犯罪者が出てた名作を見るくらいなら「まだ自分の見ていない、犯罪者は出演していない名作」を見てくださいと言うことです
これは筋にかなっているはず。 犯罪者の出てた作品を超える名作が無いと言うのであれば、それは薬が無ければ名作は生まれないという意味にすら捉えられます。 まぁ極論だという自覚はある。 極論を抜きにしても、好みはあれど他にも自分の琴線に触れる名作はあると思われるので無理に見る必要はないかな、と
犯罪を犯した容疑者の社会復帰を阻害する意図はありませんが、なによりも犯罪を犯さず努力をしてるたくさんの他の方を見る契機にするべきではないでしょうかね
瀧が名優だったとしても、見る方がそれに及ばないと思ったとしても、薬物をやらずにいい演技を見せる役者は他にいるのではないでしょうか
このように私は思いました
またこのいろいろな意見を見る中で、一番記憶に残った検討違いの言葉を挙げます
「車(実際には特定車種が挙げられていた)があったとして、それの製造者の一人が捕まったからといって、その車が回収・販売停止にならないだろうに」
これ頭悪すぎて本当に記憶に残ってます。 まるで見当違いですよね
車に製造者の名前が記されますかね? 車に製造者が印刷されますかね?
映像作品はしっかり逮捕者が映りますよね、出演してるのだから。 音楽作品だってしっかりクレジットが残りますよね、演奏・歌唱してるのだから
どこが同列の話なんでしょう? まるで別の話です。 なんでこのように思えたのかが理解できませんが、これが距離感の問題なのでしょう
距離感が近いからつい味方をしてしまう。 距離感が近いからついかばってしまう。 人である以上仕方のないことだとは思います
まぁけれども落ち着いて考えて欲しい。 薬物なんてふつーに生きてて必要無いものですよ。 必要だというのであれば、それはふつーの人生を送れていないということです。 今の人生を検めて見直す必要があるでしょう
だから薬物はいらないとしっかり知る必要がある。 薬物に手を出した人を嫌悪する意識が必要である。 私はそう考える。 そして薬物を手放した人を迎えることも大事だとは思いますが、なにより手離しで迎える必要もない。 その人は信用を手放したのだから、信用というものが得るのにどれだけたいへんなものかを知ることも大事だからです
長々と語りましたが、「残念ですね」この一言にこの長々とした文章全てが入る
はい、そんな感じで
これも本当卓球さんには失礼で申し訳ないのですが、それが素直な感想でした
電気に関しては私は実質としてフラッシュパパメンソールくらいで止まってるのでファンとは言い難いのですが、好きなミュージシャンではあったので残念としか言いようがない
好きではあったけれど、ライブに行くこともなく曲も昨今は聴いていなかったため、このニュースに関してはここまでで私の感想は終わる。 結局のところ思い入れが少ないと言うことであろう
天然さんに至っては、電気と電撃ネットワークを混同しているというあたり、結局のところこういうニュースは自分との距離感で捉え方が大きく変わるということだ
だから自分との距離が近い人ほど検討違いのことを言いだす
このニュースでいろいろ見てた際にまず「出演作品に罪はないのだから、回収・自粛・放映停止などはやめてほしい」という声を山ほど見ました
気持ちはとてもわかります。 私もCCBのメンバーが薬物で逮捕された際に同様に思いました
しかし今回私はCCBの時と違い電気にそこまで距離が近くなかったので俯瞰で見ると、この考えは間違ってると思いました
瀧が電気以外に役者として活動してるのは知ってはいましたけれど、まぁ昨今の私は映像作品をほとんど見なくなってるので知りませんでしたが、結構評価も高かったようです
俯瞰で見ると、例え出演作品がどんなに素晴らしかろうと見る必要はないだろ、ってのが素直な感想です
どういう意味かというと、薬物逮捕の容疑者が薬物のおかげで名演・怪演を見せてたかもしれないとするならば、犯罪者が出てた名作を見るくらいなら「まだ自分の見ていない、犯罪者は出演していない名作」を見てくださいと言うことです
これは筋にかなっているはず。 犯罪者の出てた作品を超える名作が無いと言うのであれば、それは薬が無ければ名作は生まれないという意味にすら捉えられます。 まぁ極論だという自覚はある。 極論を抜きにしても、好みはあれど他にも自分の琴線に触れる名作はあると思われるので無理に見る必要はないかな、と
犯罪を犯した容疑者の社会復帰を阻害する意図はありませんが、なによりも犯罪を犯さず努力をしてるたくさんの他の方を見る契機にするべきではないでしょうかね
瀧が名優だったとしても、見る方がそれに及ばないと思ったとしても、薬物をやらずにいい演技を見せる役者は他にいるのではないでしょうか
このように私は思いました
またこのいろいろな意見を見る中で、一番記憶に残った検討違いの言葉を挙げます
「車(実際には特定車種が挙げられていた)があったとして、それの製造者の一人が捕まったからといって、その車が回収・販売停止にならないだろうに」
これ頭悪すぎて本当に記憶に残ってます。 まるで見当違いですよね
車に製造者の名前が記されますかね? 車に製造者が印刷されますかね?
映像作品はしっかり逮捕者が映りますよね、出演してるのだから。 音楽作品だってしっかりクレジットが残りますよね、演奏・歌唱してるのだから
どこが同列の話なんでしょう? まるで別の話です。 なんでこのように思えたのかが理解できませんが、これが距離感の問題なのでしょう
距離感が近いからつい味方をしてしまう。 距離感が近いからついかばってしまう。 人である以上仕方のないことだとは思います
まぁけれども落ち着いて考えて欲しい。 薬物なんてふつーに生きてて必要無いものですよ。 必要だというのであれば、それはふつーの人生を送れていないということです。 今の人生を検めて見直す必要があるでしょう
だから薬物はいらないとしっかり知る必要がある。 薬物に手を出した人を嫌悪する意識が必要である。 私はそう考える。 そして薬物を手放した人を迎えることも大事だとは思いますが、なにより手離しで迎える必要もない。 その人は信用を手放したのだから、信用というものが得るのにどれだけたいへんなものかを知ることも大事だからです
長々と語りましたが、「残念ですね」この一言にこの長々とした文章全てが入る
はい、そんな感じで
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