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結構人にぶちまけたので多少気が済んでますが、やっぱり腹が立つ
完全クリアしました。 この不快感を吹き飛ばしてくれるそれはもう素晴らしい感動が待っていると思ったのですが、ありませんでした!
あえて人に聞いてみたりもしたのですがー…どうしてそこで感動できるの? としか…
不快感のオンパレードだった学園各キャラ攻略パートを一通り終わらせると、新たにモードが増えます。 結構長い。 これね、本当シナリオライターの腕の無さとしか思えないのですが、学園編でさんざん振りを出していた「家族」というテーマ。 これが後半モード(本編?)になると「家族=町」になってくる。 急に増えたテーマのせいで主軸がぶれまくる。 はっきり言って意味がわからない
精一杯思い返してみると、いちおー多少は学園編においても町的描写もあったりするのですが、振りというにはあまりにもお粗末と言えます。 常識的に考えて印象に残らずシナリオに影響も与えてない。 その流れで後半に入ってやっぱり基本の流れが「家族」であるにも関わらずふって湧いたように「町」を語りだす。 有体に言えば電波でも受信しましたか? って感じです
どうおかしいのかは極めて簡単です。 およそ主人公とあと1名以外は「町」のことにふれないのになんで「町」とかテーマ持ってくるわけ? 世界がおかしい、自分だけは正しいと言ってるようなものです。 お前だけがおかしいんだよ。 感動とかほざきますが、感情の揺れ幅を多くすれば感動します。 こんなのは基本です。 むしろキャラ殺して感情の揺れ幅を作る安易さに反吐が出ます。 そこかしこに安易に人の生死を持ち出す手口には呆れるとしか言いようが無い
そして主人公。 ひたすら人に甘え人に助けられ人に支えられ、自分は人に何も返してない。 挙句に自分の子供にまで助けられ犠牲にして自分だけ幸せを得る、とか人として最低ランクのお話かと。 私の読解が間違ってないのであれば、子供が犠牲になり主人公の最愛の人が死なない未来を手に入れているので、新たに生まれる子供は別の子供ということになります。 同じ名前であっても本来の主人公の子供は消えて「町」になった、と。 私の読解が間違ってることを祈りますが、あっていたのであれば殺意すら湧く人間としか言えません
なるほど、確かに人は一人では生きていけません。 必ず誰かに助けられ助けて生きていくものです。 けれどこれはひどい。 常に自分は被害者でこの世で一番不幸みたいに思い上がり、それ以上に他人を傷つけて、挙句人に助けられて人に甘えて生きていく話に何の感動が得られるのか
ゲーム故の超展開、というのはどこでもあります。 だけどこのゲームにおいてそれは甚だ適切ではありません。 というのも肝心な感情という部分まで超展開だからです。 現実との乖離が著しいと感情移入は困難なのです。 思いつきで例を書いてみましょう
「もうすぐよ、あなた。 私たちの子供が生まれる…」
「ああ、そうだな…。 そいつらが元気にやってくれれば本望だよ。 顔を見れないのは残念だけどな」
「愛してるわ、あなた。 子供達の幸せを祈って、お願いよ」
「ああ、そしてお前も愛してるよ。 君とともにこれからを生きよう」
「愛してる…」
最後にもう一度言うと彼女は彼に鎌を振り下ろした。 肩へと振り下ろされた鎌に彼は足元が揺らぐ
「うっ…」
「ごめんなさい。 痛いのはほんのしばらくだから許してね」
「ああ、はやく君とともに生きたいよ…くっ」
そして彼女は鎌を引き、彼の体をそっと自分に近づけ口へと運んだ
註:カマキリのお話です
書いておいてなんですが、例になってるのだろうか? まあいいや。 カマキリはメスがオスを食べるのですが、それを人が理解するのは無理かと。 人の感覚で言うのであれば「あなたを食べるなんて私にはできないっ」みたいな感じですかね? だけどそれはカマキリ的には「君は俺を愛してなかったの…か…?」的なショッキングなシーンですよね。 かのゲームは私にはこれに近い感じです。 人には理解しようがない感情だらけでこっちの精神がおかしくなります
私のイメージだとこの手のゲームというのは、お互い想う心の芽生え、意識、衝突、理解、で構成されると思うのですが、芽生えがないゲームというのは実に初めてです。 すいません、ありました。 同社のゲームはほぼ全部こうな気がしなくもない。 だからいつも理解できなかったんだな、と今しみじみ感じております。 それでもこれまでの同社のゲームはここまで嫌悪していませんでした。 それは主人公も歩み寄っていたからだと思います。 けれど今作においては、ただひたすら人の思いに甘えて自分だけ安らかに生きる最低人間だったがために嫌悪感は激しいものとなったのでしょう
不可解なのはこれが「神」と称される点でして、私自身そう呼ばれるゲームをいくつかやった記憶がありますが、そう思えたことはないものの素晴らしい出来だとたいていは感じました。 このゲームにおいて素晴らしいと思えたのは先日書いたフラグ管理の点だけなのですが、実はこの点はほぼ欠点として指摘されているのです。 つまり私が評価できる唯一のものが欠点だとするならば、このゲームのどこをもってして「神」なのでしょうね…? 信じがたいことですが、シナリオとなるのでしょうか。 ならばもう一度言いましょう。 本を読むことです。 こんな駄作に感動できる純真さがあるのであれば、世にある幾多の作品世界はもっと素晴らしいです
そして気づいて欲しい。 この主人公に共感をしたり話に感動するのであれば、あなたは人として至らないのです。 自分勝手に生きることをささやかながらでも省みて欲しい
私はこの主人公を見下げ果てた人間だと思うし、書いたシナリオライターを軽蔑します
あと2周くらい全部読み直します。 いいですか、これ大事です。 確かに嫌悪感でいっぱいです。 けれど1読でわかることはわずかです。 もう少し読み込むことで数%嫌悪感がそがれるかもしれないし、読解が間違ってるかもしれない。 また逆に胸を張って侮蔑できるかもしれません
読書百遍読んで自ずとわからん。 1回読んだ程度でわかったつもりになるのは愚かしいことです
私もこの作品の評価が変わる可能性だけは信じたいと思います
まあ、ありえないでしょうけどね
完全クリアしました。 この不快感を吹き飛ばしてくれるそれはもう素晴らしい感動が待っていると思ったのですが、ありませんでした!
あえて人に聞いてみたりもしたのですがー…どうしてそこで感動できるの? としか…
不快感のオンパレードだった学園各キャラ攻略パートを一通り終わらせると、新たにモードが増えます。 結構長い。 これね、本当シナリオライターの腕の無さとしか思えないのですが、学園編でさんざん振りを出していた「家族」というテーマ。 これが後半モード(本編?)になると「家族=町」になってくる。 急に増えたテーマのせいで主軸がぶれまくる。 はっきり言って意味がわからない
精一杯思い返してみると、いちおー多少は学園編においても町的描写もあったりするのですが、振りというにはあまりにもお粗末と言えます。 常識的に考えて印象に残らずシナリオに影響も与えてない。 その流れで後半に入ってやっぱり基本の流れが「家族」であるにも関わらずふって湧いたように「町」を語りだす。 有体に言えば電波でも受信しましたか? って感じです
どうおかしいのかは極めて簡単です。 およそ主人公とあと1名以外は「町」のことにふれないのになんで「町」とかテーマ持ってくるわけ? 世界がおかしい、自分だけは正しいと言ってるようなものです。 お前だけがおかしいんだよ。 感動とかほざきますが、感情の揺れ幅を多くすれば感動します。 こんなのは基本です。 むしろキャラ殺して感情の揺れ幅を作る安易さに反吐が出ます。 そこかしこに安易に人の生死を持ち出す手口には呆れるとしか言いようが無い
そして主人公。 ひたすら人に甘え人に助けられ人に支えられ、自分は人に何も返してない。 挙句に自分の子供にまで助けられ犠牲にして自分だけ幸せを得る、とか人として最低ランクのお話かと。 私の読解が間違ってないのであれば、子供が犠牲になり主人公の最愛の人が死なない未来を手に入れているので、新たに生まれる子供は別の子供ということになります。 同じ名前であっても本来の主人公の子供は消えて「町」になった、と。 私の読解が間違ってることを祈りますが、あっていたのであれば殺意すら湧く人間としか言えません
なるほど、確かに人は一人では生きていけません。 必ず誰かに助けられ助けて生きていくものです。 けれどこれはひどい。 常に自分は被害者でこの世で一番不幸みたいに思い上がり、それ以上に他人を傷つけて、挙句人に助けられて人に甘えて生きていく話に何の感動が得られるのか
ゲーム故の超展開、というのはどこでもあります。 だけどこのゲームにおいてそれは甚だ適切ではありません。 というのも肝心な感情という部分まで超展開だからです。 現実との乖離が著しいと感情移入は困難なのです。 思いつきで例を書いてみましょう
「もうすぐよ、あなた。 私たちの子供が生まれる…」
「ああ、そうだな…。 そいつらが元気にやってくれれば本望だよ。 顔を見れないのは残念だけどな」
「愛してるわ、あなた。 子供達の幸せを祈って、お願いよ」
「ああ、そしてお前も愛してるよ。 君とともにこれからを生きよう」
「愛してる…」
最後にもう一度言うと彼女は彼に鎌を振り下ろした。 肩へと振り下ろされた鎌に彼は足元が揺らぐ
「うっ…」
「ごめんなさい。 痛いのはほんのしばらくだから許してね」
「ああ、はやく君とともに生きたいよ…くっ」
そして彼女は鎌を引き、彼の体をそっと自分に近づけ口へと運んだ
註:カマキリのお話です
書いておいてなんですが、例になってるのだろうか? まあいいや。 カマキリはメスがオスを食べるのですが、それを人が理解するのは無理かと。 人の感覚で言うのであれば「あなたを食べるなんて私にはできないっ」みたいな感じですかね? だけどそれはカマキリ的には「君は俺を愛してなかったの…か…?」的なショッキングなシーンですよね。 かのゲームは私にはこれに近い感じです。 人には理解しようがない感情だらけでこっちの精神がおかしくなります
私のイメージだとこの手のゲームというのは、お互い想う心の芽生え、意識、衝突、理解、で構成されると思うのですが、芽生えがないゲームというのは実に初めてです。 すいません、ありました。 同社のゲームはほぼ全部こうな気がしなくもない。 だからいつも理解できなかったんだな、と今しみじみ感じております。 それでもこれまでの同社のゲームはここまで嫌悪していませんでした。 それは主人公も歩み寄っていたからだと思います。 けれど今作においては、ただひたすら人の思いに甘えて自分だけ安らかに生きる最低人間だったがために嫌悪感は激しいものとなったのでしょう
不可解なのはこれが「神」と称される点でして、私自身そう呼ばれるゲームをいくつかやった記憶がありますが、そう思えたことはないものの素晴らしい出来だとたいていは感じました。 このゲームにおいて素晴らしいと思えたのは先日書いたフラグ管理の点だけなのですが、実はこの点はほぼ欠点として指摘されているのです。 つまり私が評価できる唯一のものが欠点だとするならば、このゲームのどこをもってして「神」なのでしょうね…? 信じがたいことですが、シナリオとなるのでしょうか。 ならばもう一度言いましょう。 本を読むことです。 こんな駄作に感動できる純真さがあるのであれば、世にある幾多の作品世界はもっと素晴らしいです
そして気づいて欲しい。 この主人公に共感をしたり話に感動するのであれば、あなたは人として至らないのです。 自分勝手に生きることをささやかながらでも省みて欲しい
私はこの主人公を見下げ果てた人間だと思うし、書いたシナリオライターを軽蔑します
あと2周くらい全部読み直します。 いいですか、これ大事です。 確かに嫌悪感でいっぱいです。 けれど1読でわかることはわずかです。 もう少し読み込むことで数%嫌悪感がそがれるかもしれないし、読解が間違ってるかもしれない。 また逆に胸を張って侮蔑できるかもしれません
読書百遍読んで自ずとわからん。 1回読んだ程度でわかったつもりになるのは愚かしいことです
私もこの作品の評価が変わる可能性だけは信じたいと思います
まあ、ありえないでしょうけどね
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